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人間の動物性と理性

人間はいつも理性で動いているわけではないと思います。かなりの部分が動物的な行動をしている場合があるのではないでしょうか。感情に任せて怒っている人の姿を見れば、理性とはかけ離れた動物性丸出しということがわかるのではないかと思います。主はその動物性をも含めて人々を愛してくださっています。人の言葉に傷つくときや憤慨するとき、相手は動物的な面をさらけ出していなかったかを検証する必要があると思います。嫉妬心然り、猜疑心や警戒心など、どれもサルやチンパンジーなど多くの動物たちが抱く感情です。そういった人の反応を目撃する立場になった場合、相手を人としてみるよりはサルやチンパンジーなどと同じ反応と見た方がよい場合があるかもしれません。(人間そのものをチンパンジーと同列と同じに見るということではなく、発露されるその人の感情や反応のことです)
そう考えると、私は他人に対して完璧を求めていた気持ちに余裕が生まれ、私も含めて完全ではなく、あるときは非常に動物性が強いかもしれない人間をより許すことができるような気がします。
これは必ずしも主が説かれた教えではありませんが、私独自が現在模索中のチャレンジです。多くの方々はもうすでにこうした人間の理性と動物性には気づかれておられると思いますので、ここに書く必要はなかったかもしれません。しかし、私にとっては非常に真新しい考え方で、気持ちを追い詰めないために重要な考え方になる可能性があります。

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